院長ブログ

ストレスで病気になるのは、嘘じゃないの!?

投稿日:2016年09月05日

本に書いてあったか、講演会に行った時か、忘れたが、
作家の五木寛之さんが、このようなことを言っていた。

 

 

『 ストレスで病気になったり、癌になるんだったら、
僕らの世代のように戦争を経験し空襲警報がでれば、
防空壕に逃げて入っていた人たちは、みんな、何らかの病気か癌にならないといけない 』

 

 
確かにそうです。

 
ストレスで病気になるということは
一般健康系の本に、書かれていることが多い。

 

 

プラス思考だとか、「イキイキ・ワクワク」だとか、
リウマチが治ることをイメージするだとか、
書いてあることを目にすることが、多々ある。

 

 

今から、16年、17年ぐらい前だったと思う。

 

 
僕は、病院の「東洋医学・リハビリ科」で働いていた。
その時分は、まだまだ戦争体験者の患者さんが多かった。

 

 
足を銃で撃ちぬかれた人、背中に爆弾の破片が残っている人、
突撃命令で突っ込み生き残った人、
特攻機の整備兵だった人、焼夷弾で火傷した人。

 

 
潜水艦の魚雷発射係りだった人は、なぜか僕にだけ、いつも、
「おはよう」の代わりに無言で、手を縦にした海軍式の敬礼をしてくれた。
(海軍は狭い艦内のため、肘を下にした縦型の敬礼になる)

 

 
みんな、僕が担当した患者さんだ。

 

 

 

その中で、昭和3年生まれの女性の患者さんは思い出が深い。

 

 
たまたま、僕が担当することになった方だったが、
整骨院で電気、マッサージを行ったが、膝の痛みが取れないため、
知人に紹介され、鍼治療を受けにきた。

 

 
鍼治療後、すぐに効果が出たため、僕を担当にして欲しいということで、
その後の、鍼治療を受け持つことになった。

 

 

この方と話した内容で、思い出すのは、戦争の話。

 

 
戦争中、10代の女学校に行っていたが、
戦局が悪化してからは、授業はなくなり軍事工場で働いていた。

 

 

 

大阪大空襲の後の、黒く焦げた、空襲でなくなったご遺体を運んだという。
今で言えば、高校2年、3年生の女学生がこんなことをしていたわけだ。

 

 
「赤ちゃんは生きているのに、親だけ死んでいるんでっせ」
「今も、忘れませんで〜」

 

 
「軍需工場から帰り大阪市内に入ったら、そこらじゅう焼けた死体でっせ」

 

 
次の日は、軍需工場での仕事はなく、ご遺体を運んだり、
空襲後の片付けをおこなったという。

 

 
市民プールの水を抜いて、
そこにご何十人もの遺体を入れて焼いたという。

 
さすがに、戦争を体験されている方の話はリアルです。
事細かく、話してくれました。

 

 
「すごいですね、それ無理とかできないという女学生はいなかったんですか?」
と聞くと。

 

 
「そんなもん、言えまっかいな〜」
「やるしかありませんで〜」

 

 

その他、この方は、学校からの帰り道に
艦載機に空から機関銃で撃たれて逃げ、
麦畑に逃げ込んで助かったそうだ。

 

 

 

 

僕ならショックで、何年も立ち直れそうにない。

 

 
「怖かったでしょう!?」

 

 
「怖いに決まってまんがな〜 んなもん、
みんな麦畑に頭だけ隠してお尻は出てたりしてるんでっせ!!」

 

 

 

大阪空襲の後の焼けたご遺体を市民プールで焼いたり、
艦載機から機関銃で撃たれ、逃げたり、
これ、今だったらPTSDとか言って
「心のケア」というものが必要になる話だ。

 

 
PTSDを取るための
心理カウンセリングを行い、空襲後の体験のケアが必要になると思う。

 

 
しかしこの方、別にこれに関してはトラウマがまったくない。
終戦後は、学校を卒業して、結婚し子供が生まれ、孫もできている。

 

 
精神的には、至って健康。
身体面では、50代の時にメニエール病で耳が聞こえにくい程度。

 

 
別に癌にもなっていない。

 

 

「ストレス」と今では、普通に誰でも知っている言葉だが、
「ストレス」という言葉が、日本に伝わったのが70年ちょっと前だ。
ハンス・セリエの「ストレス学説」を発表してからのことだ。

 

 
当時の人は、「ストレス」という言葉を知らないし、
戦時中なんか、まだまだ知られていない言葉だ。

 

 

言葉がないと、存在しない。
哲学系の現象学ではよくでてくる話だ。

 

 
ストレスという言葉を知らないと、ストレスを感じていても
何も感じないじゃないかと思う。

 

 
「トラウマ」という言葉も知らないわけなので、
そういうことも起こらないはずだ。

 

 
それか、食べ物もないし、空襲で逃げて、
身体も心も疲れているため、ストレスを感じる暇もないかもしれない。

あえてトラウマがあるとしたら、この世代に共通して言えることだが、
10代の、最も食べ盛りの時に、食べ物がないため、
芋やカボチャばかり食べていたので、この手のものが苦手だ。

 

 
そのため、食べることに関してがトラウマになり、
血圧と体重を減らさないといけないが、食事制限ができない。

「なんで、こんな美味しいものがたくさんあるのに、
我慢しんあかんねんな」

 

 
「美味しいものを食べれないなら、死んだほうがマシや」

これが、口癖だった。

 

 

 

僕はこの方には、
「体重がプラスにならなければ、
好きなもの食べてもいいですよ」

 

 
と言っていた。
「食べるな」と言っても、無理なもんは無理だから。

 

 
「ほんまでっか! 好きなもん食べてポックリいけたらそれでいい」

戦争体験のPTSD、トラウマより食べれない、
「ひもじい」という言葉は知って、感じていたので
そこだけが、ストレスになったかもしれない。

 

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